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サウェンの夜とマグ・メル(異界)

NOTE: ところでハロウィーンの起源はアイルランドのケルトの人たちが夏が終わり、冬が始まる季節の変わり目、10月31日の夜に祝ったサウェンです。サウェンの日には、この世と異界を隔てる幕が薄くなり、妖精や死者の魂や様々な霊がこの世にやってくると、信じられていました。サウェンの夜に不思議なものと出会う話は沢山あります。(新刊絵本『プーカの谷』こぐま社 参照)次の話は「巨人のシチュー・ハウス」のオーナー、アレン・フィッシャーさんの新刊

A Giant’s Dream  からの抜粋、サウェンの話の翻訳です。この話はアイルランドに伝わる伝説をもとにしています。12世紀の写本の中に同じような話がありますが、アランさんはアイルランドの語り手たちがよくするように、それを自分流に少し書き換えています。

お楽しみください。(『アイルランド 自然・歴史・物語の旅』pp253-257参照)

 

サンプル: サウェンの夜とマグ・メル(異界)  訳 渡辺洋子

サウェンの夜はケルトの人々にとって、神聖な時だった。一般的にはハロウィーンまたは11月1日前夜として知られるこの夜には、10月の最後の日に世界が闇に包まれると、マグ・メル、すなわち異界とこの世を隔てる門の扉が開き、精霊や妖精や悪魔などが一晩だけ、異界からこの世にやってくると信じられていた。

ケルトの人々はサウェンの夜には、神々は人間の祈りをいつもよりも聞き入れてくれるだろうと考え、数日間、様々な祭りの行事を行った。異界の霊を鎮めるために家畜が殺され、いけにえとしてささげられた。いけにえは神に対する感謝の気持ちをあらわすものでもあった。それでも異界の霊の中には、人間のそのような願いを無視して、この世に騒ぎを起こすためにやって来るものもいた。

そんな霊の中で、もっとも悪名高いのが、アイレーン・マック・ミーナだった。毎年サウェンの夜に、アイレーンは異界とこの世の境を踏み越えて現われた。アイレーンの棲みかは、ケルトの人々にとって神聖な王宮があるタラの丘の北の方角にある、クーリー山脈の山奥にある洞窟のそのまた奥深くにあった。

アイレーンはやせぽっちで、ちびで、せいぜい13,4歳の男の子ぐらいしかなかった。肌は墨を塗ったように真っ黒だった。このアイレーンは23年もの間、毎年サウェンの夜、タラの丘のふもとの町のすぐ隣にある、「赤い丘(スリーブ・ルア)」に夜の闇にまぎれてやってきていたのだ。アイレーンは手にティンパンという古い楽器をもっていた。ティンパンは小さい太鼓に短い竿がついているバンジョーのような楽器だが、音はフィドルやハープに近い。太鼓の皮の部分には8本の弦が張られ、竿の先でピンでしっかりと止められている。アイレーンは片手に弓をもち、弦の上を動かして音を出し、もう片方の手で弦を押さえながら、音を調節して奏でた。

アイレーンはまず弓を弦の上に前後に静かに滑らせて弾きはじめる。ゆっくりとしかし着実に弓を下から上に、上から下にと動かしていく。アイレーンがこうしてティンパンを挽きはじめると、ドラムが振動し、甲高い音がタラの丘の方にむかって吐き出される。その音が恐怖の小波のように町の上空を通って行くと、人々はその音に脅えるように、慌てて家の中に避難するのだった。

この時こそ、タラの王宮を守るフィナナの戦士たち出番だった。何百人もの戦士たちがいっせいに武器を手に、立ち上がると、館の門を通りぬけ、赤い丘に向かって突進した。もしもこの魔物の首をとることができたら、フィアナの戦士の名は後の世まで、永遠に残ることになるであろう。そのことはアイルランドの古い写本に書かれ、誰もが知る伝説として、語り継がれていた。

しかしアイレーンの奏でる旋律が早さを増していくと、聞くものたちは次第に心を奪われ、睡魔に襲われていくのだ。フィアナの戦士たちは眠気を振り払おうと首を振り、その調を聞くまいと耳に指を突っ込むものもいた。ああー、しかし悲しいことに、そんな努力はすべて水の泡だった。アイレーンの奏でる魔法の調は戦士たちに情け容赦なく襲い、一人また一人と倒れ、深い眠りに陥っていった。こうしてついには最も勇敢で、猛々しい戦士たちさえも、アイレーンの魔法に太刀打ちできずに、倒れていった。そしてアイレーンが最後の一節をたたいた時には、丘のふもとには眠りこけた戦士たちが散らばっていた。今やケルトの聖地タラを守る者はいなくなった。アイレーンはティンパンと弓を足元の地面に置くと、タラの丘に向き合った。アイリーンはタラを思いのままに襲撃し、恨みを晴らすことができた。

眠りこけていた戦士のうちのいく人かは幸運にも目を覚ました。彼らがその時見た光景は。背後に燃えさかる聖地タラの丘と、足元にちらばる焼け焦げた仲間の遺体だった。しかしアイレーンの姿はすでになかった。アイリーンは少なくともあと一年は戻ってくることはないだろう。